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生き方ヒントインタビュー

仕事や家庭、ライフスタイルについて、お話を伺うコーナーです。 第30回は、私 snow の長年の友人 杉浦 美雪 さん にお話を伺いましょう。

杉浦さんは現在都心の都立病院で看護長(婦長)をなさってます。すっごく明るい性格でメチャいい人(昇級試験で自分は落ちたのに友人が受かったら泣いて喜んだ)です。

そして3人のお子さんの母であり、同居ご家族の嫁でもあります。

  

←お写真はこちら  若い頃は、よく山田邦子さんに間違われました。

では、お願いします。

 

 

 

 

 

 

 

Q1 まず、自己紹介で生まれ育った九州から東京に来たいきさつ、どうして看護師になったか、ご主人とのなれそめなど、詳しく教えてください。

A1 高校生時代は、大学で彫刻や陶芸などを学び将来九州の山の中で暮らすことを夢みていました。

進路について現実的な段階に入ると両親と大学の選択でぶつかるようになりました。「女が芸術家を目指してどうする。栄養士になれ。保母もいい。」が父の口癖で、「それなら一人で生きたいように生きてやる!」これが九州を飛び出したきっかけになりました。

独立を考えていた私に高校の教師が、勤労学生である准看護師の道を紹介してくださったことから私の看護師人生がスタートしました。

自立して生きていくために選んだのが看護師だったのです。夜勤明けの看護学校、貧しい生活、眠たくてつらい5年間でしたが、たくさんの友人と様々な体験をした楽しい5年間でもありました。

主人もその中の一人です。出会ったとき主人は大学4年生、私も看護学校最後の年で、一番苦しい時期でした。

結局、苦しい時を一緒に支えてくれた主人と結婚し東京で生きていくことになったのです。

Q2 看護長として時に医師やスタッフと対立することもありますよね。どんな風に相手を説得するか、患者さんの利益につなげていくか、杉浦さんなりのやり方をちょっと披露してくれませんか?

A2 私は現在ICUと院内の中央滅菌材料室を管理しています。

業務上、院内全てのスタッフや委託業者と関連する職場であり、常日頃からコミュニケーションを大切にしています。スタッフの意見を聴きたい、理解したいという気持ちが大切だと思っています。

医療現場は今、大きく変化しようとしています。心身ともに看護の負担も大きくなっている現状で、全てにおいて前向きに対応できなくなるスタッフも中には居ます。

お互いに興奮して大声で意見しあうことも度々で、看護長らしからぬ私ですが、スタッフは私がみんなを尊重し大切にしていることを知っているので、言いたいことを言い、萎縮することなくおおらかです。

医師との対応は、看護長の対応が職場や患者様の利益を左右する場合があるので慎重に行っています。(この辺は若い頃とは違い、随分成長しました。)

基本はやはり、看護の(自分の)立場ばかりに立って物事を見ないことでしょうか。

Q3 看護師には技術・知識のほかに人間としての力、大きさが必要ですよね。それはどんな風に学べばいいと思いますか?

A3 これは、私の悩みの種かもしれません。どんなに専門的な知識技術を身につけていようと、自分のための知識技術ではなく、個々の患者様に生かす技でなくては役に立ちません。


 昔、スタッフとして勤務していたときに膠原病の患者様から「いい看護師さんは体に触れられただけでわかる」といわれたことがあります。関節や体のあちこちに痛みがあり、その痛みの箇所をよく理解しているNsは、どこを動かせば一番楽に患者様が動くことができるかを知っていたのだと思います。

体の痛みだけでなく、心の痛みもあります。どんなことが苦痛か、不安なのか、どのように寄り添い看護する事がその人にとって一番いいのかを考えられる看護師に育てたいと思っています。

しかし、なかなか思うようには行きませんが、看護の場面を通して一緒に考え、学んでいくしかないと思っています。

先日、院内の接遇研修で研修生の立ち居振る舞いをビデオ撮影し、自分の姿がどのように見えるのかという面白い研修がありました。自分を知ることも大切なことだと思います。

Q4 子供さんは一人でも大変なのに3人はすごい!病気で休まざるを得なかったり、困ったことなどたくさんあったことでしょう。これから経験する人のために、経験談(泣きたくなったことなど)と解決法をお願いします。
 

A4 今思えばとにかく"一生懸命だった"の一言ですね。

これまで両立できたのは、子供のおかげかもしれないと思います。

普通の母親がやるべきことを自分はできない、やってあげられないという思いが一杯で、何度やめようと思ったか知れません。その思いから私は、子供と一緒の時間を大切にしてきました。

夜勤明けでも一緒にプールに行きました。ぼろ雑巾のようになって帰宅すると、幼い年子の二人が麦藁帽子をかぶり、浮き輪をつけて玄関で待っているのです。「よっしゃ!お待たせ」そんな感じで万年睡眠不足の日々でしたね。

病気で受診が必要な時は、おばあちゃんがおんぶして病院に来てくれ、外来で私と合流するといったリレー方式で対応しました。


 小児病院勤務という職場環境にも恵まれていましたね。今でも主人の両親には、とことん協力していただいています。何でも自分でやろうなんて驕りは、2人目の出産で吹き飛ばしました。

現在も6時前には家を出て10時過ぎに帰宅する毎日で、主人の両親が家庭を支えてくれています。誰もが役割を持って助け合うこと、家族に感謝することが私の解決法だったと思います。

Q5 趣味はなんでしょう?ストレスはどうやって発散してますか?

A5 読書ですね。通勤に合計4時間かかるので時間はたっぷりあります。日本人の作家は司馬遼太郎が好きです。息子の高校時代の読書課題だった「菜の花の沖」をこっそり持ち出したのが出会いでした。日本人がいとおしくなりますね。

ストレス発散は、やっぱりおいしいお酒とおいしい物とおしゃべりです(snowと飲みたい!おしゃべりしたい!)。

Q6 今まで看護師を辞めたくなったことは何回ありましたか?ずっと続けてきた理由(秘訣?)や、辞めたくなっている人への言葉(理解でも、励ましでも)など、聞かせてください。

A6 数え切れません。

子供が発熱したときなどいつもやめたい!と思っていました。子供に「お母さんやめないで、かっこいいから」と言われたことがひとつの理由かな?

もうひとつの理由は、看護の仕事が好きだからです。

最近では仕事の自己課題に限界を感じたときでしょうか。昔の婦長さんの時代と比較すると現在は厳しい時代になりました。二十数年仕事をしてきましたが、自分の事が理由で病院に行きたくないと思ったことは初めての経験でした。

1ヶ月苦しんだ結果、アイデアがまとまり方向性が見えてきたとたん、猛烈にやる気が回復してきました。

人生、逃げていては解決しない。辞めればきっと後悔する。自分の事を信じて前に進んでいくしかない。これだけです!

Q7 今後は年齢的に親の介護が問題になってきますよね。どんな制度やシステムがあればいいと思ってますか?

A7 「どんなに寝たきりでも、病院には行きたくない」これが親の本音だと思います。

最近では介護休暇や、介護保険、訪問看護ステーションなど、できるだけ自宅で介護できるようなシステムが充実してきました。

できるだけ自宅で介護したい。しかし、現実はなかなか難しいと思います。
 

Q8 最後に、ナースに限らず、結婚や子育て、介護に不安を持ってる若い女性にエネルギーを与えるメッセージをお願いします。

A8 人の一番苦しい時に接する私たちの仕事は責任重大で、時にはつらくて逃げ出したくなる場面もありますが、生きることに希望を託し、苦しい治療に全力で立ち向かう人たちのために私も全力で頑張りたいと思う。

私たちは、生命のすばらしさ、あっけなさにいつも立ち会っている仕事です。自分の人生を、一緒に生きている家族、友人、かかわりあう人々を大切にしたいと思います。