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生き方ヒントインタビュー

仕事や家庭、ライフスタイルについて、お話を伺うコーナーです。 第28回は、私 snow の尊敬する先輩医師、都立八王子小児病院の 仁科孝子 先生にお話を伺います。
仁科先生は小児外科医という精神的にも肉体的にも超々ハードな仕事をしてこられた方です。これまでの人生のほとんどを病気の子供さんたちを救うことに費やしてきた方ですが、同時に、今は立派に成人された息子さんのお母さんでもあります。

ご略歴とお写真もちょこっとご紹介しましょう。



○略歴
1974年に東京大学医学部を卒業。
約4年間の一般外科研修後,東京大学小児外科に入局。
国立小児病院外科(現成育医療センター),筑波大学小児外科講師を経て
1988年から帝京大学第2外科助教授を努めた後,
1993年に八王子小児病院外科に赴任し,現在に至っております。

 

Q1 まず、子供の頃を振り返って、医師をめざした理由、経緯など教えてください。どんなお子さんだったんでしょう?

A1 医師をめざした理由(院内報に書いた一部を転載します)


 台風が足早に駆け抜けた日,八王子の空は満天の星,3000mからの星空とは比ぶべくもないが,それでもオリオンが廻り,深夜には天の川の縁も辿ることができた。ふと祖母が亡くなった日を思い出した。「うちの病院では早期癌は再発しないので,再発例に入院されては困る」という,理解不能の理由で手術した病院での治療を拒否され,他院では手術をした病院へ行けと言われ,かかりつけ医も「往診ではこれ以上強い薬は使えなくて」と十分な治療ができず,痛い痛いと言い続けて祖母は亡くなった。

その日,私は幼い頃からの「星の科学」への憧れを捨て,医者になることに決めた。



Q2 医師の中でも女性の少ない(一人前になるにも、続けていくにも女性にとって多くの障壁のある)外科医を敢えて選んだのはどうしてですか?

A2 外科医を選んだ理由


 医療はもともと女性向きの仕事だと考えています。単純化すれば,男は戦い,女が後方で支援するのが人類の歴史かなと思っています。医療はいわば傷ついた者を癒して前線に戻す作業,すなわち女性が担ってきた役割にあたるのではないでしょうか。

それを男性ばかりで行うので,種々のゆがみ(私が医者になった理由も)が出てくるのだと感じていました。

だから男社会である外科に,女性的感性を持ち込みたかった...と書くとカッコイイのですが,実際には「無理なら適当な時期に方向転換すればよいし」程度のかなりお気軽な選択だったと記憶しています。

Q3 典型的男社会の外科ギョーカイでどんなご苦労がありましたか?(今となってはご苦労と感じないことでも、当時を振り返って些細なことも含めて語ってください。)

A3 男社会の外科ギョーカイでの苦労


 お酒の席で進む院外外交はかやの外のことが多く,ブラックボックス内で根回しの済んだ内容を推測しながら物事を進めていかざるを得ないのが,主な苦労かもしれません(りっぱに院外外交に混ざっている女性も多いので,女性だからというより自分のせいかも)。

昔に戻ってみると,小児外科はどこでも医者が少ないので出産7日後に当直,以後通常の当直ラインに戻らざるを得なかった(そうでないと当直体制が成り立たなかった)のが,ちょっときつかった記憶があります。

どこに行っても「初の女性○○」と珍重され,ひたすら甘やかされていたので,自分が叱られるようなことはしていないと錯覚しないように,そうしているうちに戦力外になってしまわないように,常に気をつけていなければならなかったのも,苦労といえば苦労だったのかも。

 

Q4 シングルマザーの草分け的存在と存じます。子育てで、どんな悩みをお持ちでしたか?そして、どう解決していったのでしょう?

A4 シングルマザーの子育て


 人生哲学からではなく,結果的にシングルマザーになったわけで,ごく自然に祖父母と母子の4人家族となり,これといった悩みはありませんでした。この状況で通常悩みができるのは子供の方だと思いますので,彼は彼なりに対処しているのかもしれません。


 さらに,息子を育てたのは私の母で,私はただ見守っていた。母の手におえない時のみ口をはさんだり叱ったりしていただけですから,あまりマザーとしてはコメントできません。おかげで,子供が高校生くらいからは私は姉扱いになっていました。家事が不得意で,あれができないからやって,これもやってと子供を頼ってばかりなので,最近は妹待遇に格下げになっています。

それでも進路のことなどで悩んだ時には,相談したり,それでよいかと確認をしたりしてくれるので,一部母親と認めてくれているのかもしれませんが。

 

Q5 女性医師は爆発的に増えているのに、未だにキャリアと家庭を両立させている人は少数派ですよね。医師に限らず、どんなシステムがあれば働く女性の助けになるでしょう?また、女性のほうにもどんな心構えが必要とお考えですか?

A5 システムと心構え


 女性が仕事をする上で最良のシステムは,平安朝の母系家族制度ではないでしょうか。でも,文化を一気に何百年分も逆行させるのは無理な話,現時点ではwork sharingの方法を考えています。

子育てが大変な時期は2人で1人分の仕事ができればよい,その後も2人で2人分の仕事ができればよい,という仕組みです。同年代の女性が沢山いるか,ずっと同じペアで仕事をしていくかでないと,うまく回らないのが難点です。

今子育て中のある女性小児外科医には,臨床感覚を忘れないよう週2回働いてもらって来ましたが,現実的ではあっても次善の策,周囲に余裕があるか,周囲の不満を強権で押さえ込んでしまう人がいないと,なかなかうまくいかないと思います。

むしろ小児医療の現場をみていると,男女にかかわらず2.5〜3交代制を取り入れるのが良いのだがと感じます。これなら,時間の割り振りを工夫すれば,男女平等に無理なく勤務ができそうですから。


 心構えに関する内容は,以下の応援メッセージの中で,一緒に述べることにします。

Q6 いわゆる3歳神話について、小児外科医として、ご意見をお願いします。

A6 3歳神話


 小児外科医として親子分離状況下の子供たちを見ている訳ですが,分離の影響が出る帰宅後の状況を知らないので,影響については評価ができません。そこで小児外科医としてではなく,身近な経験から述べます。

私自身は2歳になった時から保育所育ちですが,対人関係等特に困ったことはありませんでした(本人がそう思っているだけかも)。私の子供は,ずっと母親とは日曜日しか接触せずに育ちましたが,明るい性格で友達も多いし,親子関係も悪くはありません。

子供が3歳になるまでの全ての時間,母親が一緒にいることよりも,たとえ短時間でも,その子が母親にとって如何に大切でかけがえのない存在か,子供に伝わるように育てることの方が重要ではないかと感じています。

Q7 二十歳の時に夢見ていたことは、いくつ実現できましたか?そして今後の夢はなんでしょう?

Q7二十歳の夢、今後の夢


 二十歳の夢,「南の島で魔女として医業をし,お供えがわりに食べ物をもらって,日々暮らしていくこと」,当然実現していませんが,将来的には実現可能かも。

「4〜5人の子供の母親に徹し,一番下の子が小学校に入る頃医療現場に戻る」,これは完全に夢に終わりました。

「病室は個室の子供部屋で,ドアを隔てて家族の住居,反対側のドアは看護ステーションにつながり,中央のエレベーターで検査室や手術室や学校に移動できる,そんな長期療養型の子供の病院を作りたい」,これは医者になってからだから,二十歳台の夢というのが正確でしょうか。

新病院も理想からはるかに遠い形になりそうだし,これからの人々に託すしかないようですね。まとめると,一つも実現していないのでした。
 

今後の第一の夢(にしてはあまりに現実的ですが)は,地位や名誉よりも,目の前の患者さんとその家族を守ることを優先してくれる医者を,できるだけ沢山残していくこと。

次に,医者以外の仕事を一から教わって始めたい。そしておばあちゃんになって,おばあちゃんたちの集団で孫たちを預かって,ハンディキャップのある子も一緒にして,大家族の兄弟みたいに子供たちを育てたいな。

Q8最後に若い医療従事者の女性に応援メッセージを、“熱く”お願いします。

A8最後に若い医療従事者の女性に応援メッセージを、“熱く”お願いします。


 医療現場は,看護師さんを除いてどの職場も男性の職業に女性が参入していく形になっていますね。基本的に男女が構成するというより,元が男性型社会になっていることが多いと思います。

確かに平等ではない訳ですが,それも重みを持った歴史によるものですから,不満を抱くよりは,これからどう変えていけるかということにファイトを燃やす方が,楽しく仕事ができるかなと思います。


 私自身は「女の子は女の子らしく」という方針で育てられたので,それこそ3つ子の魂,自立した女性とはほど遠い存在です。いつも誰かに守ってもらってやってきましたし,外科集団のトップである今も同じです。立場が保てるのは,セカンドの村越医師(ご存知の方もおられると思いますが)はじめ若い医師達が,強力にサポートし,たててくれるからです。

逆に母性本能の延長だと思いますが,外から私の手の中の人が攻撃されると,自分の権限が及ぶ限り全力で,反射的に守ってしまいますけれど。そんなこんなで,辛うじて組織が保たれているのですが,本人,別に恥ずかしいとも思っていません。

自立していない女性の居直りかもしれないので,皆さんのご参考にはならないかもしれませんが,私は男性と同様に仕事をするつもりはないので,気にならないのです。男性と同じ形の仕事をするのならば,今の社会,女性は失うもの(余裕を持った子育てなど)が大きすぎます。

女性には女性の感性と仕事の仕方がある,医療現場は男女それぞれの特性が生きる場であって欲しいと思っています。

ついでながら,私は男女に能力差はないけれど,性格傾向(気質)の平均値には違いがあると思っています。個人差以上に大きい違いなのかどうかはわかりませんが。そして世の中,画一的な集団より,特性の異なるいくつかの集団から成り立っていた方がおもしろいと思いませんか。


 男性よりはるかに優れた能力を発揮して,先頭を走っていく女性も沢山知っています。そのエネルギーに感嘆し,尊敬しながら応援旗を振っています。はっきりとした形で男女差別をなくしていけるのは,そういった女性だと思います。そのような先輩達のおかげで,医療分野には女性であるがための門前払いは殆どありません。

でも,世の中の構造はトップダウンのみで変わる訳ではありません。女性であるための門前払いだけは排除したい。普通の女性が女性らしく仕事をする,それが仕事に生きてくる,それを繰り返しているうちに何となく,しかし強固に変わってくることも十分期待できると思うのです。仕事仲間に女性もいると良いという意識を育てていくのが,能力もエネルギーも普通の私たちにできる,最も有効な門前払い撤廃運動なのだと思います。


 肩の力を抜こう,あるがままの自分で仕事をしよう,女性だからと甘えたって構わない,という提案です。概して女性は甘え上手です。甘える相手(男女によらず)に,痛痒を与えない程度に甘えること,造作もなくできるはずです。

ただ,条件があります。仕事の中身に大きな影響は与えないこと。私の場合であれば,自分の子供が高熱を出したからといって,重症児を放り出して帰るのは言語道断。やせ我慢で仕事を続けるより,同程度に診られる人に事情を話してお願いし(甘えて),必要な引継ぎを全部して,いつでも連絡をとれるようにして帰る。

突然都合を変えて対応してもらうのだから,心から感謝して,後で当直の1回や2回は代わる。そんなところでしょうか。男性に「女はダメだ,女はあてにならない」などなど,言わせないために労力を使うのはやめよう。

その程度のことなら,ボヤく場を提供するくらいの心づもりでいよう。人間同士の基本的なルールを守り,仕事の中身を守る心構えがあれば,男性と同じreactionができなくても,堂々と対等に仕事をしてよいのだと思います。

そのうちに,子育てや老親介護に関しては,男性女性にかかわらず同様の対応をするのが当然になり,結局男性の仕事環境改善にも役立つはずです。とりわけ医療の場は,仕事以外の全てを捨てた戦士で構成するより,親であり子であり夫であり妻である人間で構成するのが,最も適していると考えています。