今、日本の医師で大変じゃない人はいません。 そして、 よりラクな選択をしたくなる気持ちもよくわかります。

でも、思い出してください。はじめて医師になる決心をした幼い?日のことを。

どの科も、どの臓器も大切ですが、脳には生命と意識の主座があります。大変なこと以上の宝物が、いっぱい埋まっているのが、中枢神経系であり、脳神経外科なのです。

その宝物を、われわれと共に探してみませんか?北原脳神経外科病院は、タフで明るい、そして温かい脳神経外科医(になりたい人も含む)を切望しています。

一度来てもらえば、当院の良さは絶対わかります。目先のことだけでなく、未来を見つめたら、見えてくるのは脳神経外科なのです!

そうだ!脳外科医になろう。

 

久保 俊朗 & 森本 将史 & 服部 伊太郎

 

 

 

 

■ 久保 俊朗  クボ トシロウ

昭和53年4月 東京大学医学部医学科卒業
6月 東京大学医学部付属病院 脳神経外科 研修医
12月 三井記念病院 脳神経外科 
57年5月 都立荏原病院 脳神経外科 
59年10月 茅野市諏訪中央病院 脳神経外科 
62年1月 東京大学医学部付属病院 脳神経外科 助手
平成2年2月 千葉西病院 脳神経外科
3年7月 関東通信病院 脳神経外科


14年8月 北原脳神経外科病院 
14年10月 北原脳神経外科病院 院長
16年10月 北原脳神経外科病院 理事 学術顧問
19年6月 北原脳神経外科病院 院長  

日本脳神経外科学会認定専門医

日本脳神経外科学会機関誌編集委員


久保:森本先生、親友の服部先生を当院に引っ張ってきてくれて、ありがとうございます。

森本:イヤ、別に無理やりつれてきたわけじゃないので(汗)

でも、確かによく来てくれたとは思います。

久保:僕らの世代の常識では、京大の先生が、きちんと医局の諒解を得て、傘下じゃない東京の病院で活躍するなんて考えられなかったけど、時代は確実に変わってますね。

服部:僕の出身高校では最近東大・京大に行かずに直にアメリカやイギリスの名門大学に進む学生が増えています。

“垣根”がなくなりつつあるのは、全般的な傾向じゃないでしょうか。

 

■ 森本 将史  モリモト マサフミ

1993年 京都大学医学部卒
      京都大学医学部脳神経外科 研修医
1994年 滋賀県立成人病センター 脳神経外科 研修医
1995年 国立循環器病センター 脳血管外科 レジデント
1997年 倉敷中央病院脳神経外科 医員
1998年 京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座脳神経外科入学
2002年 同修了
2002年 ベルギー ルーヴェン大学
2003年 京都大学医学研究科脳病態生理学講座脳神経外科 医員
2003年 国立循環器病センター脳血管外科 スタッフ
2005年 福井赤十字病院脳神経外科 副部長
2006年 北原脳神経外科病院
2007年 同副院長

日本脳神経外科学会認定専門医・京都大学医学部博士号・日本脳卒中学会認定医・日本脳神経血管内治療学会認定専門医

 

 

森本:僕は京大の菊池教授にあこがれて脳外科医になりました。

お世話になった教授や医局に恩返しをする意味でも、さらに臨床経験を積み、後輩を育成して、広い視野で社会貢献したいと思って北原に来ました。

久保:血管内治療やアナストを当院に根付かせてくれて、感謝してます。

服部先生は聞く所によると、理系の秀才だったそうだけど、医者になったのはなぜ?

服部:僕は同じ理系でも、人間好きな理系です。脳外科医になったのも、根源的な意味で人と関わる職業だと思ったからです。脳か心臓か、かなり迷いましたけど(笑)

 

■ 服部 伊太郎  ハットリ イタロウ

平成6年3月 京都大学医学部医学科卒業
5月 京都大学医学部附属病院 脳神経外科 研修医
平成7年6月 財団法人田附興風会北野病院 脳神経外科 
平成10年10月 医療法人林病院 脳神経外科 
平成14年4月 国立姫路病院(現在、独立行政法人国立病院機構 姫路医療センター) 脳神経外科 

平成19年10月 北原脳神経外科病院


日本脳神経外科学会認定専門医・京都大学大学院医学博士号・日本脳神経血管内治療学会認定専門医

久保:やりがいがあるのは、間違いないんだけど新研修制度のおかげで大変さが喧伝されて、脳外科医が減ってきてますよね?

服部:すごく残念なことですね。医者や医学生が経済原則に忠実な行動をとりはじめた結果でしょう。楽で儲かるほうにシフトするのはある意味当然ですが、統制経済である医療において、いつまでも楽な科に高い診療報酬が維持される保障はないですよね。産科や小児科、そして脳外科がなくなれば困るのはすべての国民なんですから。

また、ものすごい開業ブームですが、歯科と同様に経営難におちいる開業医も出てくるでしょう。

僕はひそかに孫正義氏を尊敬していますが、それは金儲けが上手だからじゃなく、独創性とフロンティア精神、リスクを恐れない勇気に対してです。

20代の医師に言いたいんだけど、5年、10年先、頼りになるのは自分の腕と経験、そして先見性です。目先の利益だけ追っていても人生の勝者には、成れないんじゃないでしょうか。

久保:リスクという点に関しては、確かに脳外科医は常にあらゆるリスクとの戦いがあるけど、森本先生はその点どう思いますか?

森本:当然、患者さんに対するリスクを最小限に抑える手立てを最大限の努力で打ち立てるべきです。そのためには自分の技量を超えた症例は、先輩の協力を得るのはもちろん、当院のように外部の名医にお願いすることも重要だと思います。

旭川赤十字病院 の上山博康先生や網走脳神経外科病院の谷川緑野先生の神業をじかに勉強できることも、当院の利点ですね。

服部:この病院はスタッフ間のコミュニケーションがすごくいいし、情報共有もハード・ソフトとも進んでるから、そういう面からのリスク軽減もできてると思いますよ。

  森本:ひとつ、久保先生に伺いたいんですが、福島孝徳先生はじめ、多くの名医・権威をご存知ですが、スーパードクターに共通する点ってありますか?

久保:私なんかが言及すべきことではないかもしれないけど、知っている範囲で答えると、まず「運」が強い。つぎに、ものすごい執着というかこだわりを持っている。そして、多分、若い頃から影で超人的に努力している。ただ、ご本人は楽しんでやっているから、おそらく先天と後天の区別はついていないと思う。

僕は、「坂の上の雲」の秋山兄弟と同じ地で青春をすごしたけど、天命を見つけた人って明るいんだよね。苦境でも、すなおに実力を出してものごとを好転させる。

若い医師には、患者さんに感謝する気持ちを持ち続けて、楽しんで修行していって欲しいと思うよ。

  服部:医者は基本的に、“治せて”こそ価値がありますよね。侵襲が少ない技術でそれができれば、医者として人間としてこれほど楽しい職業もないでしょう。

若いときしか身につかない技術もあるし、運とういか、チャンスは自分で掴み取らなきゃ絶対スーパードクターにはなれない。

森本:北原脳神経外科病院は、ラクなことばかりではないけど、ホントに楽しいところです。

自分の成長と組織の成長がリアルに連動するのが、この病院の楽しくヤリガイのあるところ。

大学のようなすでに出来上がった大組織の中で生きていくのも人生なら、自分達の力で質の高い新しい組織を作っていくのもまた人生。

チャレンジ精神溢れる人達と一緒に働けるのを楽しみにしています。

先生のアクセス、お待ちしています!


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