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1995年と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか。その年の1月、私は八王子市大和田町に41床の小さな病院を開設したばかりで、スタッフと一緒に泊り込みの毎日を送っていました。そんな私達の耳に飛び込んできたのが阪神淡路大震災、そしてオウム真理教による地下鉄サリン事件のニュースでした。思い起こせばあのころから、私達の心の奥底にまだ残されていたこの国に対する信頼感が音を立てて崩れ始めたような気がします。
以降、官僚や政治家の汚職、公務員の不祥事、青少年の非行や無気力化、凶悪犯罪の増加、姉歯建築士による耐震設計偽造疑惑、雪印や不二家、ミートホープによる食の安全神話への裏切り、柏崎刈谷原発のお粗末さと続き、そして留めは国全体を揺るがせ、参院選自民党大敗の原因となった年金問題にと繋がってくるわけです。
政府がついこの間、100年先を見据えた新年金制度と豪語していたものが、僅か1、2年もたたないうちに全くの絵空事だったと判明したわけです。
それでは医療保険はどうでしょうか。実はこれも皆さんの想像以上に危ういものになってしまっています。 政府は平成9年の医療費マイナス改定に際して、「保険診療点数をこのまま据え置けば現在28兆円である国民総医療費が平成19年には、49兆円に達する」と宣伝し、大規模な医療費抑制に着手しました。そうしなければ保険料や自己負担割合を引き上げざるを得ないと国民の不安を煽ったのです。
その結果、たしかに18年度の総医療費は予想より16兆円も少ない33兆円に留まることになりました。皆さんはこの間のGDPの伸び率からしてこの程度の抑制は仕方が無いとお感じになるかもしれません。
しかし、実はこの間、高齢化に伴う著しい患者数の増大、IT化、リスクマネジメントに関する要求の高まりなどによって病院の仕事量は1・5倍以上に増加しているのです。設備の合理化によってコストダウンできる他の産業と異なり、人件費率が50%を超える医療においてはこれはダイレクトに経営に響きます。
その結果、少しづつ増えていた病院数、病床数はこの10年、一機に減少に転じ、特に経営の厳しい慢性期の患者さんのための療養型病床群は政府の削減案(38万床→15万床)を待つまでもなく消滅しようとしています。
縁起の悪い話で申し訳ありませんが皆さんやご家族が認知症や脳卒中でそれらの病院に入院しなければならなくなると、今では泣いても騒いでも長い順番待ちの末に、それほど納得の行く入院環境ではないのに毎月20万円を超えるお世話料をとられるのが普通となってしまいました。
コムスンの介護保険の不正請求を容認するわけではありませんが、医療保険による支払いだけでは病院を維持できないからやむを得ないのです。それが政府主導の医療費削減の行き着く先なのです。
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【今のままでは医療保険は崩壊する!】
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そんなことを言っても各地に威容を誇る大学病院や公的病院がたくさんあって多くの患者さんを集めているじゃないか、と思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、例えば都立病院は毎年500億円を超える赤字を出しており、その分は皆さんや私たち民間病院が支払った税金で補填されているわけで、公務員の待遇を維持し、それを存続させようとすれば保険料の値上げだけでは済まずに留まるところを知らない所得税や消費税の値上げを招くだけです。
また医療従事者の数も、地方ではどんどん減少し、都市部においても経営効率の悪い小児科や産婦人科はどんどん少なくなってきています。私達の属する脳神経外科でも仕事のハードさ、リスクに比べて待遇が悪い(銀行員やキャビンアテンダントよりはるかに安い!)との理由で医師や看護師が減り始め、今年生涯の仕事として新たに脳神経外科を選択した若い医師は実に全国で150人(26の府県でゼロ!)に過ぎません。
皆さんの住んでいるこの地域においても当院以外の脳神経外科、循環器科では既に常勤医がいなくなったり、当直体制が保てず夜間の救急には応じられなくなってきているのです。
団塊の世代では同じ年に生まれた人は二百数十万人いるのに対して、昨年生まれた赤ちゃんはたったの百万人に過ぎません。これからしばらくは百万人が二百数十万人の医療費を負担する時代が続くということです。皆さんは多数の人がお金を出し合って、困っている少数の人を助けるという仕組みの医療保険が、この少子高齢化が極端に進んだ現代に成り立つはずがないことにお気づきでしょうか。そして国民皆保険の下での医療における平等、という幻想が既に崩れてしまっている現実にも。
実際、巨人の長嶋監督が入院した病院(北原リハビリテーション病院ではありません。)は、れっきとした保険診療機関ですが、入院に当って彼が支払った室料差額は日に20万円、年にして7000万円を超えます。それだけ払えばたしかにいい医療を受けられるかもしれませんが、一体どれだけの人がそうした医療の恩恵に与れるというのでしょう。それどころか、癌だと告知すると医療費が払えないからという理由でそれ以上の診療を拒否する患者さんが八王子市内にも少なからず生まれてきているのです。
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【医療従事者も、国民も努力する。そして、医療問題にもっと関心を持ってください】
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それでは一体どうしたらいいのでしょう。医療従事者は、中国などの台頭により存続を脅かされている他の産業同様、より良い医療をより安く提供するために血のにじむような努力を重ねなければなりません。一方国民は無駄な医療費を節減し、必要な医療費は負担する同時に、健全な医療の存続のためにもっと医療問題に関心を持つことを求められているのです。
ここからはこの新聞を読んで下さっている皆さんに私からの御願いです。
まず第一に医療は「ただ」ではないことをきちんと理解してください。現代医療には膨大な設備を必要とするのみならず、この仕事に従事する全国200万人の医療従事者は医療費として支払われたお金の一部で生活しています。医療費が引き下げられれば少なくとも民間病院の給与は確実に下がるのです。そうなれば医療労働者の病院離れは加速し、結果は必ず皆さんに跳ね返ります。
第二に健全な医療が存続していることの重要性をきちんと理解してください。サプリメント(全国で毎年4兆円売れている!)やブランドバッグ、果ては葬儀(年間1・5兆円!)にまで平気で多額のお金を使うのに、命を預かる病院に1万円の自己負担金を払うことがそんなに無理なことでしょうか。ハンドバッグ同様にいいものにはそれなりのお金がかかります。お金を払わずに安全性やサービスを求めてもそれには限界があるはずです。
第三に医療費の節減に協力してください。特に高齢の方では受診するなり今日は不安なのでMRIを撮ってください、などと要求される方が多くいらっしゃいますが、検査は医師の判断で必要かつ最低限に留めないと、保険の性質上本当に必要な人のための医療費が残りません。
第四に、医療の事は自分には分からない、と思い込まずに自分の体や健康についてもっと勉強して下さい。医師はインフォームドコンセントを実行する義務がある、とは私も思います。しかし皆さん、それなら飛行機に乗るときに、医療費より高いお金を払い命を預けながら、どうしてパイロットや整備士の腕、その機体の過去の故障暦に関するインフォームドコンセントは求めないのでしょう。多分航空会社にそれを求めれば運賃はその手間の分だけ上がるでしょう。
医療でも全く事情は同じです。航空会社に出来ないことは病院にも出来ません。皆さんが医療に対する過剰な期待を捨て、自らの健康に責任を持つ気概を持ってくださるだけで、私達医療従事者が説明に要する手間や時間は大幅に節減でき、医療コストはそれだけ下がります。
待ち時間や説明不足など皆さんの医療に対する不満も大部改善されるかもしれません。
今回はこの紙面を借りて、ただ節減ありきの行政は医療の崩壊を招き、結局は国民に跳ね返ってくる、いや、既に跳ね返ってきており、この国の医療や福祉の貧しさは病気になったとき、初めて身に沁みて分かる、ということを訴えさせていただきました。
今、日本ではほとんどの国民にとって最低限の衣食住は保証されており、餓死者が出ることはまず、ありません。(たまにニュースになるのは、きわめて稀なことだからです。)こんな国は世界中で日本しかありません。この上私達は何を望むのか、ブランド品や一時の享楽か、はたまた健全な教育、司法(治安)、医療なのか。
これを機会に皆さんが市民活動の場で、そして選挙の場で真摯にこの議論に参加してくださることを願ってやみません。
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